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キャッチフレーズは、「さわやか系会計士&さわやか系鑑定士」〜殆ど唯一の不動産鑑定士業務中心の不動産鑑定士兼公認会計士

独立経営主へのメッセージ

元々は不動産鑑定の事ばかり書くつもりだった、冨田 建のブログ。
ですが、いつの間にか、不動産以外の経営等に役立つであろう事も書くようになったので、寄りぬきでお気に入りのものを「独立経営主へのメッセージ」として記載します。心の栄養にでもして頂ければとてもうれしいです。
(順次 加筆予定、青字部分は平成29年4月17日に冨田 建のブログやフェイスブックに書いた話に基づき新規に加筆した部分)

  • 手を抜くな!
    この間、激しく同意した話。
    ある仲の良い士業の方が言っていたのだが、「報酬が安いと手を抜く士業がいるが、そういうヤツはやがてダメになる」
    例えば、すごく安い仕事があったとしても、それはその士業を軽く見ているのではなく、依頼者の都合による面がある。ダンピングは論外だが、そうではなく仕事の絶対量等の問題で安い時は絶対に手を抜いてはいけない。
    その依頼者の関係者が何かのはずみで別の高額な案件を持っていたとしても「前回、手を抜かれたからな」という事になって、大魚を逃す結果になりかねないからだ。
    『金をもらってその依頼者と顔をつないでいる』
    と考えれば、手を抜くなんで出来ない筈だ。
  • 独立に向いた人とは?
    近年、弁護士・会計士等の一部士業も合格者大増員を受けて独立する人も増えていると予想されるが、最近、色々な人から相談をよく受けることもあって、筆者が考える、『独立に向いた人』とはという事を考えてみた。思うに、こんな感じかなと思う。
    まず、専門知識を十分に備えている事は当然の前提として、
    @社交性があり、色々な繋がりを持っている人
    A行動力をのある人
    B人柄の備わっている人
    Cその資格保持者の中でも「これ」という特徴のある人
    D好奇心旺盛な人
    E専門士業としての誇りを持っている人
    F仕事が丁寧な人
    G謙虚な人
    と、いった前提があると思う。 皆さまの意見はいかがであろうか。
  • 誘いに感謝しよ!
    筆者は色々な会合に体が許す限り参加している
    その結果、知り合いから
    「こんな会合あったら自分も出たいから声をかけて」と言われる事が増えてきた。
    その際、思った事。
    正直、筆者のような中間に入る者は、思ったよりも気を使う。
    声掛けする時も何となく勇気がいるし、主催者にも余計な気を遣わせているのではないかと気になる。
    まあ、大概はその気遣いは杞憂なのだが、逆にいえば、誘ってくれる人というのはそれだけ気を使って、あなたに声をかけてくれているのである。
    もっというと、それは「あなたは誘うに値するだけの人間」と評価しているともいえる。
    だから、私自身が何がしかのイベントに誘われた時、金銭負担が重い場合は別だか、そうではない場合は極力行くようにしているし、それが声をかけてくれた方に対する誠意と思う。
    誘いをかけてくれた人は、それだけ勇気をもって誘ってくれた事を忘れてはいけないと思う。
  • 胸に手を当てて・・・。
    筆者が最近思う事。
    独立、起業する人にはこう問いたいと思う。
    もし、あなたが『儲かりそうだから』という理由で独立しているのか、『社会に役立つから』という理由で独立しているのか。
    前者なら、筆者は独立・起業を止めるだろう。
    そして、後者なら、筆者は独立、起業を勧めるだろう。
    前者の場合、いつか訪れるであろう逆境で破綻するだろう。
    後者の場合、例え最初が逆境でも、本当に社会に役立つものならエンジェルが訪れるであろう。
    胸に手をあてて考えてみてはいかがであろうか。
  • 食い物にされないよう気をつけよう                                最近、ある方のフェイスブックを拝見していたらこんな事が書いてあった。要約すると、士業向けコンサルと称してよくDM等が届くのだが、彼らも仕事と割り切って甘受していたものの、最近はあまりに度が過ぎて腹ただしいというものであった。その投稿で誰かがコメントしていたが、その人自体が士業ならともかく、単なる人であれば士業の気持ちなどわからない筈であり、「サッカー経験のない者がサッカーのコーチをする」ようなものだ。きつい言い方をすれば、士業を食い物にしているのである。筆者自身は、そういうDM等による勧誘がイヤなのでサイトにも最初から住所を載せていないのだが、他の士業にも情報共有すべく、注意喚起をシェアしたいと思う。
  • 変人って、そんな悪い事なの?
    筆者がかねがね思っている事。変わった事をする人、即ち『変人』は、忌避される傾向にある。
    ただ、筆者は思う。
    そんなに人と違うって、駄目な事なのかなって。
    確かに、変わった内容によっては、近づきづらいといった場合はある。
    けれども、変わったか否かは『その時の基準からの判断』にすぎない。
    ある時にどんなに変わった事をしても、その後、良い結果を導いたら、『あの時のアレはそうだったのか』とむしろ称賛されるだろう。
    恐れることは、『人と同じにして、自分が思った事をできずに悪い結果を招く』と、筆者は思うが、いかがであろうか。
  • 法令遵守と利益獲得は違う!
    筆者が最近、ある公認会計士の先輩からお聞きした話。その先輩いわく、企業の内部統制(要するに組織)は、今までは「法律に触れないように、お上に合わせて作っていた」が多いという。
    ただ、これからは、「利益をより生み出す組織」にしないと、厳しい企業間競争では勝てないとおっしゃっていた。
    筆者なりに解釈すると、法律に触れないような牽制はあるが、例えば製造業で原材料費をとても高い金額で仕入れてきてもそれが不当に高い事をチェックする体制が整っていないというイメージなのだと思う。
    原材料をどんな高い金額で購入しても、それ自体は法律違反ではないが、企業としては損なのはいうまでもないだろう。
    読者の方の会社の組織はいかがであろうか。
  • 名前で勝負できる人になれ
    筆者には、かねがね思っている事がある。資格というのは、一定の業務に関する許可状であると同時に、ステータスでもある。
    ただ、それは公認会計士や不動産鑑定士の先人たちが築いたものであり、筆者自身はそれに便乗しているだけである。
    そして、例えば「ダル」とか「マー君」といった名前だけで肩書を名乗らずとも一流プロ野球選手である事がわかるように、本当に実力のある人は、肩書などに頼っていない。その点、筆者などまだまだである。
    筆者自身、以前、公認会計士の会合の会報用の座談会で「資格の肩書でなく、名前で勝負できる人になりたい」と発言したが、これからの時代、「●●士」という士業に限らず、全ての職業人に、自分の名前で勝負する気概が必要ではないか。
    筆者も、「とみた けん」という名前こそがブランドに出来るよう精進したいと思う。
  • 世の中には油断してはならない相手もいる
    筆者が独立したての頃、ある所で知ったある男がいた。しばらく会っていなかったが、ある日、突然連絡があり、ある集まりを立ち上げたから来てくれという事だったので行くと、筆者の商売に何の得かも見えないし、その説明もない。
    そして、皆がいない裏で筆者が言われたのは、『ある金融商品に入ってくれないか』。
    当然、「一応、検討する」とは言って、保留。で、次回。
    但し、仕事の都合で遅れて行って、別の仕事の都合ですぐ切り上げる旨も言った。
    それは連絡済みである。そして勿論、検討した結果は「入らない」
    ・・その男はみるみるうちに怒りだした。「説明も聞かないうちになんだ」という勢いだったが、筆者に言わせれば、興味もないものの説明を聞かされても答えは変わらない。

    その内、男は遅刻がどうのとなじり始めたが、独立すると、確率的にこういう事もあるのである。そもそも筆者をプロジェクトに誘ったのもある金融商品のマージン狙いで、かつ「公認会計士・不動産鑑定士」の肩書の信用性を自分のブロジェクトに利用しようとしたいう可能性も少なくとも筆者の立場からは否定できない。
    色々な方に注意喚起したいと思う。勿論、この男とは縁を切ったのはいうまでもない。
  • 臭いを消してみよう
    ある会合に新規メンバーとして加入希望の方を紹介したのだが、その方は、紹介者である私に気を使って「冨田先生のご紹介で〜」と切り出した。
    失礼なことに(?)その場にいた筆者以外のメンバーは失笑し始めた。

    「冨田が先生呼ばわり?」
    というのが、筆者以外のメンバーにとって違和感があったらしい。
    ある人など、明らかに『お前が先生か?』という眼差しを向けていた。
    ただ、筆者はこの状態を歓迎すべき事だと思った。
    確かに、あの瞬間、正直、何故か若干照れてしまったが、それはさておき、それだけ溶け込めている事の証左に他ならないのだから。
    時と場面にもよるし、仕事の場面では「専門家の先生」臭は必要な事もある。
    それを出すべき時に出すことは、とても大切な事だ。
    ただ、常に「専門家の先生」臭を出し続けるのは、筆者は反対だ。
    その臭は絆の形成の障害にしかならないのだから。
    皆さまは、その臭の使い分けはできているだろうか。
  • 情にほだされすぎると
    野球選手の解雇・トライアウトなんかを見ていて思う事。
    そういう選手には、動き的な素質はあるのに、優しすぎて、「あの選手を押しのけてまで…」と考えてしまった結果、自分が解雇という結果になった人も多いのではないかと思う。

    実にもったいない事である。 そして、それは幅広い仕事、特に独立事業主について言える。
    そもそも押しのけられる図太い神経がない人は、独立には向いていないのだ。
    そういう人は、会社の歯車の一つでいた方が幸せだと思う。
    独立すると、予想以上に競争が激しい事を痛感する。
    そんなときにのんきに情などにほだされていると、自分がこけるのだ。
    情をほだすのは自分にものすごく余裕があるときだけで十分だ。
    それ以外の時は、常に突っ走る事。
    これが独立事業主に大事な素質の一つと思うが、いかがであろうか。
  • あなたに信頼はありますか?
    誰しも、色々なグループに入っている事であろう。そこで思う事。
    同じ事を言っても、そのグループでの信頼性、人望等で「みんなに賛成される」か、「アイツの言う事なんてなぁ」か、大きく違ってくる。
    勿論、言い方、提唱の仕方にもよるが、自分の所属グループを少しでも自分の側に寄せたい事は、いつか出てくるだろう
    その時のために、信頼性、人望等には普段から配慮すべきと思う。
  • 中小企業が大企業をまねる時は注意!
    最近、ある15年選手の社労士の先生からお聞きした話。その先生はいわく、中小企業が大企業の就業規則をそのまま真似した結果、大損害を受けることがあるとか。
    こんな事があるらしい。大企業は色々なバランスを考えて、労働時間をやや少なく目、例えば130時間に設定し、それを超過したら残業としている事がよくある。
    ただ、法律で許容される水準では、170時間位だったと思うが、とにかく大企業が通常定めている水準より多い。なので、中小企業によっては、法律上許容される限界まで定めておいた方が、例えば「残業時間が長すぎて労働者が支障を起こした時に、労災認定で賠償…」という可能性が少なくなるのだとか。
    筆者が聞いた限りなので詳細は専門家にご確認いただきたいが、労働関係に限らず、「中小企業が安易に大企業の規定・基準等を真似すると、思わぬ損害を被る」可能性がある事をご記憶頂ければと思う。
  • お客様は神様だけど・・・。
    筆者はここ数年、人間教育活動の先生の薫陶を受けているのだが、その先生の書かれた本に、故・松下幸之助翁の精神が生き生きと描かれており、感銘を受けている。
    で、その本を読んだ時に思った事。
    『お客様は神様だ』
    と、いう言葉がある。
    確かに、ある種、それは摂理である。
    ただ、前から筆者はこうも思っている。
    『サービスしてくれるプロも、神様だ』
    何かをしたくて困っている時に、そのサービスを提供してくれるプロがいてこそ、それが出来るのだ。そのプロがいなかったら、困るのは顧客なのだ。だから、自分が金を貰う時のみならず、払う時も感謝の意を持つ事が大事だと、筆者は思う。
  • 名経営者
    筆者も、過去、色々な会社の方とあってきたので感じる所もあるのだが、「良い会社」「伸びる会社」というのは、「自社の事だけを考えていない」と思う。その昔、盛田昭夫氏は、アメリカで不公平な税制があった時に、自社の進出する州以外でもその税制について徹底的に是正を訴えたとか。筆者は、実に感慨深い話だと思う。邪推するに盛田氏は、その時、自社の事だけでなく、「日本全体のこと」を考えておられたのではないか。翻ってわが身。今は、まだ発展途上の零細な士業だから、自分の事だけなのは仕方がない。ただ、筆者は「ライバル(他の鑑定士)に塩を送る必要はないが、そうではなく、かつ反社会的ではなく、だれがが喜ぶこと」であれば、自分に直接の利益がなくとも労力は惜しまないようにしている。おそらくは、昭和20年代の盛田氏も同様であったと思うが、いかがであろうか。少なくとも筆者は、それが結局はその仲間および自分自身の発展に通じると信じて、活動していきたいと思う。
  • 営業マンに聞いた極意
    同い年の世代のある優秀であろう営業マンに聞いた話。その仲間が言うには、相談があった時、「反対・抵抗を歓迎する」との事。
    よくよく考えてみると、何かを購入して頂くとき、本当にその商品に関心があれば「反対・抵抗が無い事こそ、おかしい」のだ。
    と、いう事は、顧客に購入をご検討頂くときは、顧客の反対や抵抗をうけた時こそ喜ぶべきなのであろう。そして、それに対し、懸念を払拭できてこそ、一流の営業マンなのは、言うまでもない。
  • ある会計士の金言
    その会計士は、大手ではないが準大手クラスに位置する監査法人でパートナーをしている。言ってみれば、300人超いる会計事務所の50人位いる共同経営者の一人だ。で、その会計士は事務所のリクルートの担当パートナーをしている。
    昨今、会計士試験も合格者を増やしすぎたおかげでこの事務所にも会計士の卵である応募者は殺到しているらしいが、そこで筆者は問うた。
    「採用する、しないの基準って、どこにおいてるの?」
    その会計士は言った。
    「自分が食べられなくなっても、こいつには食わせなきゃいかんと思えるヤツか否か。」
    読者の皆さまはどう思われるただろうか。。
  • 他社のふりみてわがふり直せ
    先日、お聞きした、あるジャーナリストさんの訴訟の話の続き。
    聞けば、その会社は、売上100億円上の一部上場企業にも関わらず、取引先が大手小売チェーンとかばかりだったために、例えば商品販売代金が回収できないといった事態が生じないがため、それまで、訴訟とかトラブルの類が皆無だったらしい。
    その結果、法務部というものを作っておらず、総務が片手間に法律関係の問題が生じた場合は担当するという体制だったそうだ。
    それで、今回、その企業の本業、それも主力商品に係る訴訟が起きた。
    筆者は、この話に2つの教訓があると思う。
    一つは、こういう訴訟とか法律関係のトラブルが発生した事のない企業ほど、ワキが甘いので、対策をうつべきと。
    もう一つは、訴訟に限らず何らトラブルがない無菌状態でいると、トラブルが発生した場合に恐ろしく下手な対応しかできなくなる。
    それを回避するために、常に色々な情報を集め、会社レベルだったら『うちの会社でもしこんな事が…』あるいは個人レベルに置き換えて『こんな事が発生したら…』と常に感性を磨いておくべきだろう。
    危機回避は、自社や自分だけでなく、他社や他人の動向を見て自分にその危機が振り向いた時にどう対処すべきかを考えておくべきものだと筆者は思うが、いかがであろうか。
  • 感銘を受けた女社長さんのはなし
    ご面識を頂いている、テレビにもたまに出演される女社長さんの話。
    筆者のような会計士等の税理士有資格者は、「いかに税金を節約するか」を考える。
    が、この社長さんは若い頃から違ったそうだ。
    いわく、「税金を沢山払う事が、私たちの使命」とすら、考えていたそうな。
    筆者は、二つの意味があったと推定する。一つは、税金を沢山払える位、儲けること。
    いま一つは、国を潤したいという熱き思いがあったという事。
    20数人程度のギャラリーがいたあの日、女社長さんが何について話せばよいかと問いかけた時、筆者は迷わず「経営の神髄について」と言ったが、さすがの返しだったとその意味をかみしめている。
    読者の皆さまはいかがお感じであろうか。
  • 社内の人と宴会をしている暇がある位なら、社外の人と宴会しろ
    以前、ある会計士の先生がおっしゃっていた事。その有名な会計士のS先生は、個人事務所から立ち上げて中堅監査法人にまで仕立て上げた方なのだが、最初の頃は、なかなかネームバリューがなく、色々な所に食い込むのに苦労したそうな。その横で、大手監査法人の会計士達が、ゆうゆうと営業していく。
    が、大手監査法人の会計士達だって、定年その他の理由でいつかは辞める。
    そうなった時、皆、
    『大手監査法人時代に先生呼ばわりしてくれた顧客が見向きもしなくなった』と嘆くというのだ。
    S先生や私にしてみれば「当然だろ」と思うが、その人達は、『彼ら自身ではなく、大手監査法人全体のブランド』で相手にされていたにという事を理解していなかったのだ。
    今、この話は会計士をベースに書いたが、一般の企業の会社員だって同様の事はいえる。
    社脈ではない人脈こそが、その人の本当の価値であるとすら思う。
    筆者の個人的な意見であるが、
    「社内の人と宴会をしている暇がある位なら、社外の人と宴会しろ」と思う。
  • お客さまに承諾して頂く事の効用

    あるホテルマンの本に、こんな事が書いてあった。
    例えば、ワインリストを見せてくれという客がいたとする。
    その時、その方はこう客に聞くのだそうな。
    「かしこまりました。少々、お待ち頂いてもよろしいでしょうか。」
    ポイントは、
    「かしこまりました。少々、お待ち下さい。」
    という表現ではない所である。違いの意味、おわかりだろうか。

  • 家で寝てても何も始まらないよ!
    筆者は、よく「フットワークがとても軽い」と言われる。まあ、確かにあれだけあちこちに出没しては酒を飲んでいるので否定はできないが、あちこちで色々な人たちと酒を飲み、挙句、その内容をフェイスブックに挙げられる環境が恵まれていると思う。
    が、世の中、筆者のようなキャラだけではないらしい。引っ込み思案というか、なかなか外に出られない人たちもいる。思うに、そういう人たちは、面倒くさいという要素やある種の照れが、色々な人たちと会えるという要素を上回っているからそうなるのだと思う。
    これが普通のサラリーマンで、例えば経理とか庶務あたりの内勤メインの業種だったら、勿体ないとは思うが、まあ、それでも問題はない。
    が、独立士業とか、企業の経営者は、色々な所で色々な絆を作らないとやっていけないし、
    絆が多ければ多い程、心強いものだ。※但し、ライバルの同業は少ない方がよい。
    絆を作るには、色々な宴会に積極的に参加する、
    あるいは、ちょっと人に頼まれた事でも自分にマイナスでなければ
    積極果敢に行う事が大事だと、筆者は思う。
    なぜなら、案件を頼むなら知らない人より知っている人になるのは自明の理だし
    直接的に金にならなくとも、頼まれごとをしてくれた側は
    その恩を覚えているものなので、何かの時、逆に声をかけてくれるだろう。
    企業の経営者や独立士業には、外との絆を大事にする思いが不可欠と筆者は考えている。だから筆者は、独立志向の色々な士業の人たちに、よくこういう。
    「家で寝てても何も始まらないよ!」。
  • 若手社員を採用する時、お勧めしたいこと!
    同い年の会計士である監査法人のパートナーとサシで飲んでいた時の事。そのパートナーはこう嘆いた。
    「補助者達は、パートナーがどういう思いをして仕事を取ってきているかを理解していない」
    ご指摘、ごもっともな話である。
    ちなみに、10年以上前、補助者(会計士補)として監査法人にお世話になった頃の私は当時は監査法人はまだ合格者増加前のやや人手不足気味な状況だった事もあり、「仕事があるのが当たり前な環境下」で仕事をしていたから、随分、至らない面もあったと今頃になって反省しているのだが、筆者はその嘆きを聞いたとき、こう思った。
    監査法人に限らず世の中の企業は皆、「どういうプロセスで、どういう苦労をして上の人が仕事を取ってくるか」を、新人や若手に教える場をもうけてもよいと思う。少なくとも筆者は監査法人では教えてられなかったし、その他の監査法人でも教えていたという話は聞かない。
    そんなこと、当たり前だからわざわざ教える必要はないという人もあろうが、新人にとって、当たり前のことなどないと考えるべきだ。
    もちろん、補助者とか若手に仕事を持ってこいと言っても、肩書も信用も不十分だからそれで仕事を増やそうと期待してはいけないが、一言、そういう努力を伝えておくだけでも、10年以上前の私のような不遜な態度をとる人間は減少し、組織全体の仕事への姿勢が変わるのではないかと思うう。
  • 芸は身を助く!
    筆者のように士業を営んでいると、一つ、思う事がある。
    資格試験というのは、人生のある一時、猛烈な勉強を義務付ける性質がある。
    なので、特に「●●士」といった、「士」のつく資格を持つ人は、一般的な人に比べて、一時勉強に集中するが故に他の事ができなくなるから趣味や特技が少なくなる傾向にあり、しかも、趣味を持っていたとしてもゴルフ等の、比較的とっつきやすいポピュラーな趣味な事も多い気がする。
    しかし、筆者はそれでよいのかとも思う。
    もちろん、趣味や特技というのは義務ではないから、無理にやるものではない。
    ただ、何か一つでよいから「これ」というものを持つ事で、
    一気に宴席でも話題の幅が拡大されると思う。
    また、その趣味なり特技なりを、知人が何かのはずみで見かけたとき、あなたを「思いだしてくれる」事も期待できる筈だ。
    何か一つの「これ」は、大人になった今から作り出す事は困難だ。
    ただ、どんな人にも、「子供の頃、これがすきだった」とか、「学生時代、これにうちこんだ」とかはある筈。
    もし、少しでも時間に余裕がある人は、再開させてどうかと思う、今日この頃である。
  • 縁を開拓するときの注意点!
    縁を開拓するといっても、やみくもに開拓すれば良いわけではない。例えば、筆者が「縁を開拓するのが大事」と称して、やる気のない残念なサラリーマンで構成されるようなダメダメなグループの一員になったらどうなるであろうか。おそらく、筆者自身が、やる気のない残念な鑑定士・会計士になるであろう。人は、所属するグループに多かれ少なかれ、染まる。
    開拓する、縁を大事にすると言っても、方向性は考えなければならない。
    その上で、尊敬できる、明るい希望に満ちた正義の縁を作る事をこれからも筆者も開拓したいし、読者の方にもお勧めしたいう。
  • 長く一緒に居続けると!
    営業マンは、時間をかける事が大事だと思う。時間をかけて、本当に仲がよくなったり、お世話になったりすると、人間の心理として、「自分も何かできる事をしたい」と思うものである。
    そうなれば、たとえば保険の人に普段からお世話になっていれば「あの人にはあれだけ世話になっているから、保険の加入を検討するか」とかなると思う。
    下世話な話かもしれないが、ある意味、「いかにそういう心理にさせるか」が営業の肝と思うが、いかがであろうか。
  • 営業マンのタブーとは!
    営業マンは、色々な会合に行ったときに、絶対に自分の方から「こんな仕事をしています」とは言ってはならないと思う。名刺を見ればその人が何の仕事かはわかる。
    (筆者の場合は鑑定メインか会計メインか解り辛いというのあるがこれは例外)
    そこで売り込むのはアウト。
    では、どうするのか。
    ひたすら、他人が「あなたの仕事は?」と聞いてくるのを待つのだ。
    その瞬間はずーっといればいつかは訪れる。
    そして、そういう形で自分の仕事を紹介した方が、きっと成約率は上がるだろう。
    請け負ってもよいとも思う。
  • 気持ちが大事
    時々テレビにも出演される偉い知り合いのある士業の先生が本を上梓された。要はその先生の仕事術について、「どうしてそんなに仕事ができるのか」を書いた本なのだが、金曜に渋谷に行った際、本屋に既にその本が積んであったので買おうとした。 ただ、筆者は衝動買い防止の観点から食べ物以外は「一晩考えて、まだその物が欲しかったら」初めてその時点で買うという自分なりのルールを設けている。なので、多分、気分は変わらないであろうとは思ったものの、一応は一晩、考えて、まだその気分だったら1400円のその本を購入しようと思っていた。
    が、帰ってみると、何の事はない、その先生から丁寧な送り状つきでその本が無料で送付されていた。
    金額にすると、1400円+消費税だから、ものすごい高額な本というわけではない。ただ、自分の事を気にかけて下さっているというそのお気持ちが嬉しい。そして、この例を見るまでもなく本当に仕事の出来る人というのは、気遣いなのだと思う、今日、このごろである。
    と、いう事で、早速、礼状をしたためた。[平成26年11月追記]なお、筆者も近々、出版を上梓する。お返しをしようと思っている事は言うまでもない。←ここ、大事。
  • 筆者は、基本的には不動産鑑定士であるが、公認会計士・税理士でもある。
    このため、口では「会計は苦手」などと言いながらも、ちょこちょこ会計的な判断をしたり、他士業に会計的な背景を説明する事がある。
    で、公認会計士・税理士以外の士業には、会計は筆者の考えている以上に得体のしれないものらしい。

    中には、別途、簿記3級とか学ぶ人もあるらしい。
    その意識は素直にたたえるが、ただ、個人的には、あまり効率がよくないなとも思う。
    簿記2〜3級程度の検定は「会計記録としての仕訳を切れるようになる」程度のものでそれ自体が会計の理解への特効薬かといわれれば、筆者は「違う」と答える。

    では、他士業が会計を理解するにはどうすべきかというと、
    公認会計士か税理士に業務で関与している具体的な財務諸表を提示して、解説してもらうことだ。
    ※「本当に会計を理解している」というのポイント。
     普段から、ただ機械的に仕事をしているだけの人とかは難しい場合もあるかもしれない。

    その士業が会計を身に付ける意図は、簿記で会計記録をとれるようになる事ではなく業務に関与する財務諸表を見て会社の状況を理解できるようになる点にあろう。

    で、あれば苦しんで簿記2〜3級を学ぶよりも、公認会計士や税理士に解説をしてもらってその理解をし、分析の角度を学んだ方が、将来他の業務で財務諸表の分析等もより有益と思う。
  • 先日、弁護士さん数名と宴会をさせて頂いたときに、司法修習生の方もおられたので今後、どう成長していくか…という話になった。
    結論から言うと、最初の数年くらいは、弁護士に限らず、がむしゃらに仕事を覚えるべきだがその後は、外にも目を向けるべき・・・という話になった。
    つまり、まずは弁護士に限らず、その士業の仕事を覚えるべき。
    ただ、いつまでも、それだけだと、二つの弊害がある。
     
    @視野が狭くなる。視野が狭くなるという事は、巡り巡ってできる事も少なくなる。
    だから、視野を広げる意味でも仕事以外のもので好奇心の持てるものは「取返しのつかない失敗の危険があるもの」を除き、挑戦すべき。
    Aどの士業にしても、最初は補助者として仕事を覚えるところから始まるが、いつかは独立したり、あるいはその事務所のパートナーになるにせよ、営業が必要になる。

    その際、視野が広く話題性が高い方が、営業には確実にプラスになる。
  • たまたま同い年の友達に誘っていただき、経営者の会に参加した。
    その登壇した経営者は聞いただけで尊敬できる実績を上げた筆者より一回り上の方であるが、その方がおっしゃっていた印象的な一言。

    この厳しい世の中で、事業を立ち上げて、数年後に生き残っているのはせいぜい4〜5%。
    だから「普通の人が経営者」になるのは厳しく、「おかしいくらいの個性がある人」でにないと生き残っていけない…。
    ※その方がおっしゃっていたのを書いただけなので、パーセンテージの数字は正確かは不明です

    士業の場合は、知識と法で守られる特別な分野があるのでもう少し、パーセンテージは上がるとは思うがそれにしても、似たり寄ったりではあろう。
    ここで言いたいのは、事業を立ち上げるというのは、数パーセントしか成功しないという厳しい事実だ。

    あなたは、「おかしいくらいの個性がある人」であるか?
    起業しようという人に対するアドバイスの一つとなると思うが、いかがであろうか。
  • 個人的に思うこと。
    個人的に思う貯蓄のコツは、「稼ぐよりも使わない事」が重要と思う。
    つまり、高収入の人は、高収入に対比して、ついつい贅沢になってしまう事もある。
    でも、そこを安易に支出しない事だと思う。使うからなくなるのであって、使う額を最小限にすればよい話だ。
    高収入だからといって、支出が多ければ貯蓄がてきないから、資金繰りが苦しい…というのは案外とあるのではないか。
    特に独立士業は、やれ事務所経費だやれ会費だ…という事で、ついつい金銭感覚を数十万とか数万、場合によっては数百万円で・・・と考えてしまうが、そこを踏みとどまり、千円も大事にする心が大事なのだと思う。
    そして、見栄をはらない事。
    むしろ貯蓄はあるのにケチと思われている程度がほどよいと思う。
  • 監査法人から独立した公認会計士に言える事であるが、監査法人ではタックス部門にいない限り、確定申告には縁が遠いので、最初はあまり慣れていない方が多いのではないかと思う。
    しかし、筆者は例外であるが独立したら多くの公認会計士が税理士登録の上で所得税等の確定申告等もする事となろう。
    そんな新米の方で、まだ会計ソフトの準備もできていない方に推奨したいこと。
    国税庁のサイトに確定申告コーナーというものがある。
    自力で確定申告書を作成する一般の方向けのサイトだ。
    で、思うのは、実際の業務(会計ソフトの導入前の段階の話ですが)に移る前に、予行演習として確定申告コーナーの内容を色々と自分なりに分析したら…と思う。
    勿論、提出はしないが、ダミーの数字を入力する等、ここで色々と試行錯誤し所得税の構造を理解し、本番に備えるというわけだ。
    税理士にだけ許される、税務相談や税務申告書の作成の制度の精度向上に少しでも寄与すべく書かせて頂いた。
    何某かの参考にして頂ければと思う。
  • 独立士業に欲しいものとして、色々あるが、これもほしいというものの一つに「趣味・特技」がある。
    例えば、幅広い芸能人などを見ていても、「この趣味もできる」というだけで色々な番組に出る等、「趣味・特技」は幅広い自営業に強い武器となると感じている。
    ある程度の事ができるだけで芸は身を助けるし、周囲も元気にする。
    何というのか、競走から一歩抜け出るためには仕事とは無関係な個性も必要と感じている。

    ここでいう個性とは、筆者が「会計・
    税務もわかる」不動産鑑定士という「本業への直接のプラス」ではない、一見、本業と無関係そうな、筆者の場合であればエレクトーンが奏でられるような趣味的なという意味とお考えいただきたい。
    実際、平成29年3月、音楽という特技で出場した公認会計士協会東京会音楽祭で優勝したという事実は、幅広いところに話題として使える。

    また、他の分野を感じ事で、本業の感性も高まる。これは間違いない。
    が、それに気が付いていないとい士業が多いというのも事実。

    独立を考えている士業に参考にして頂ければと思う。
  • 筆者は、公認会計士や税理士であるので、よく公認会計士協会内や東京税理士会北沢支部の会合に出かけている。
    その際、普段、筆者は不動産鑑定ばかりしているので普通の公認会計士が詳しい分野を知らなかったりするから、色々な話を興味を持って聞いている。
    と、いうか、もっと言うと、公認会計士や税理士は業務の幅が広いので筆者のような他資格で食べている人ではない公認会計士でも、他の公認会計士とは担当分野が違っていたりするから、相互に知らない分野というのも多いようだ。そんな時、筆者が心がけている事。

    宴会の時、酒を飲みながら雑談すると、当方が何か喋りかけた時と他の人が何か喋りかけた時が同時だったりする。
    そんな時、筆者は原則として喋るのを譲る。
    「他の公認会計士や税理士から、自分が知らない情報を得るチャンス」と思っているからだ。

    もっというと、公認会計士や税理士のみならず、弁護士や司法書士等の他士業、士業でなくとも政治家や経営者等、社会的に評価される地位にある人や、医師や不動産屋等、自分が知らない事を知っていそうな尊敬できる人との会話でも同様だ。

    こういう時、自分ありきで喋りたくなる人がいるのはわかる。
    が、それは貴重や情報を得るチャンスを失っている事に他ならない。
    もっと言うと、本で勉強する事も大事だし、だからこそ筆者の下記の本もご覧頂きたいが田舎の勉強より京の昼寝。

    本という「基礎」を超えた高い次元の理解をするには、その道のプロの話を「聞く」事と思う。
  • ある不動産関連の方の営業をされた。
    見ず知らずの方からの営業は筆者は一切、拒否するが、この時は知人の紹介だった。

    で、色々と当方の手持ちの資料(お渡ししない資料)をお見せてしたのだが、正直、ちょっと不愉快だったのは、その人は舌で唾をつけてめくり始めた点である。

    はっきり言って、汚い。
    しかも、当方がその場限りで貸与した資料であって、渡す資料ではない。

    データ保存している資料なので再度、印刷はできるから、終わった後で唾のついた資料は速攻で廃棄したが舌で唾をつけてめくるのは、ビジネスの場で非常識であり、見ている側は不快である。
    勿論、筆者は頼まれてもそんなことはしないが、最低限の礼儀としてわきまえて頂ければと考える今日この頃である。
  • 自殺や暴挙に至る動機が借金苦という場合もあるようだが、「それなら、なぜ、個人再生とか破産」の道を選択しなかったのかというが個人的な疑問として思うところである。

    筆者も、ときどき、法人や個人の再生関係の不動産評価を担当させて頂いているのでわかるところもあるのだが、弁護士等に相談すれば、しかるべき措置があったりするのに、なぜ、茨の道を・・・と。

    勿論、「借りた金を返さない」というのは、そもそも信義にもとるし、絶対によくないし筆者はした事がない。
    そもそも筆者は「返さない」どころか借金という行為をした事がないし、クレジットカードもエクスプレス予約以外、使った事がないから当然だが。

    ただ、あえて書くと、借金返済が窮境に陥るというのは、貸した方の与信管理にも落ち度があったという見方も出来なくはないのだ。
    だからというわけではないが、債権があってもある程度の回収不能は会計でも貸倒引当金という形で織り込むというのは、公認会計士どころか会計士受験生でも常識だ。

    たとえば自殺まで追い込まれていたり、暴挙に走りかねない状況に陥っている等、借金に苦しむ方は、破産・再生等、弁護士等への相談への道というのも覚えておいて、損はないと思う。
    もっというと、窮境状況にある企業の経営者におかれては廃業という選択肢もある。
    もし、窮境状況にあり、M&A会社にも断られて資金繰りに苦しんでいる経営者の方がおられれば、場合によっては対処可能な場合があるので、是非、このサイト内の廃業・事業承継支援特設サイトーをご覧頂きたいと思う。
  • 将来を担うとか、誰かを変えるって、「あいつならやってくれる」って周囲が思うことだけど、案外とその「あいつ」は自覚していないものだと。
    自覚してないけれど、その「あいつ」の一挙手一挙動を見て、他の人が何かを感じ、雰囲気を作る。

    て、事は、未来を担うとか、誰かを変える人って、「命令や指示をする人」ではなく、「その一挙手一挙動で誰かを感じさせる人」と。
    そして、だからこそ、これからのビジネスパーソンは「何かを感じる」感性と、「何かを感じさせる」創造力が必要と。
  • 士業も、思考停止回路で仕事をしていたら、先が狭まるということ。
    でも、生きてる以上、「わくわくする」する事も大事。

    だから、『新しく、かつ世の中に役立つ事をいかにわくわくしがら』出来るかがポイントと。

    既成概念とか、何となくの伝統に縛られる士業は先が微妙。
    でも、それは、「既成の出来上がったものに甘えている」から無理もない話。

    冨田は、士業界でも少しだけ名前が浸透してきたので、次は『新しく、かつ世の中に役立ちわくわくできる事を開拓する』段階に来たのかなと感じ始めている。
  • 最近、思うこと。
    困った時に、自分がどれだけ頼られるか。

    業務的な話だけでなく、人生的な悩みを抱えている仲間がいる時に、どれだけ声がかかるか。
    一種の駆け込み寺的な存在でいるか・・・。

    そこに、人間としての器があると思う。
    冨田も、『ある意味で「本当に困った時の駆け込み寺」として、迷える誰かを温かく包み込む存在でありたい』・・・と思う。
  • お山の大将は「中途半端にうまい人」。

    「あるレベル以上になると、『最高レベル』や『より上手い人』からプラスの刺激を欲する」と思う。
    だからこそ冨田も、本業でも各種(3つの)士業の会長や役員とかに総会後の懇親会や賀詞交歓会等で色々と情報を頂きに上がるわけだ。
    付け加えると、高いレベルを求める人は、低レベルな人しかいない会合の場所には遠のき、低レベルな人はある意味で相手にしないというのもあると思う。

    本当に向上心のある人は、本当の知の集う場に集まり、よりそのレベルを高めると思う今日この頃である。
  • 最近、思うこと。
    「自分にとってマイナスでない事で人のためになる事は、迅速に動く事の必要性」
    冨田はかつて、ある社会的に有名な先生の薫陶を受けた事があるが、その先生から、何かあると迅速に動いてると伺った。
    何かがあったら、「迅速」に動く事。
    迅速であればあるほど、時間的に余裕ができるので、選択肢が増える。
    良い事は勿論、たとえ悪い事でも、あせらず、かつ、早急に解決する方法を考える。
    これを習慣にする事が、大事と思う。
  • 最近、思う事。

    自分だけが伸びる事を考えるより味方である周囲の仲間がいかに伸びる事を考えた方が、結果として自分もより伸びるという事。

    よくよく考えたら当たり前。
    自分だけが伸びる事を考えたら、自分の物差しでしか伸ばす方法を検討しないため視野が狭まるが、周囲の仲間が伸びる方法を考えたら、自分の物差し以外の発想が出てきて、結果としてそれが自分にも応用できるから。

    『周囲の仲間が伸びる方向をいかに考える』が、最近の冨田のテーマである。
  • この間、将棋で例によって「序盤大劣勢〜全くさわやかでない不気味な粘り〜中終盤で逆転」したある一局での事。
    大優勢の状態の相手は「たぶん、こうしたいのだろう」という手を指してきた。
    それ以外の目的では考えられない手を。
    ところが、「相手がその目的を達するための次の手」にはとんでもない落とし穴がある。
    けれど、そうさせるためには、こちらも「理論的には疑問な手だけど、落とし穴に働きかける手」を指す必要がある。

    冨田は決断した。
    「理論的には疑問な手だが、きっと相手はこう指すに違いない。これも一つの勝負」と。

    結果、相手は見事に落とし穴にハマる手を指し、それまで散々サンドバック状態の大劣勢だった局面は大逆転し勝利した。

    冨田は思う。「理論的には疑問の手でも、相手の心理を読んで実行できる」のも一つの勝負と。
    それはビジネスにも言えることと思う。
  • ある日、会計士系の会合での会話
    株式公開が出来るかって、運だね…という話になった。

    それに対し、冨田は返した。
    「運はあるが、その人が持っているかいなか」

    前に「運を得るには運の準備が必要」と書いたけど、「持っている」人になるには、あとは好奇心と明るさが必要だと思う。

    そうすると、何かよいものに包まれる、そんな気がしてる。
    ちなみに、明るさと好奇心は割とある方だと思う。
  • 最近、思っている事。

    選挙(AKBでなく政治の方の)があって、「投票率がどうの」という。
    でも、個人的には「その投票している人の質」はどうなのと思う。

    投票している人が「十分に見識があって、本当に日本や社会全体の事を考えている人」か「知識ないので、とりあえず投票している人」かで、結果は違う。

    個人的には、日本という国全体が稼ぐために、会計や経済の事を機にかける、そして、それだけの知識のある人にこそ投票してほしい。
    そのために義務教育に会計や経済〔あと、感受性を高め個性を育てるため芸術系科目の強化〜但し、増やすだけだと過度の負担だから語学は義務教育から撤廃〕を入れ、投票する人の質を根本的にあげるべきとも思っている。

    どうだろうか。
  • 冨田は、人生で250回程度、色々なアーティストのライブを拝見しているが、ライブを見て、思う事。

    冨田も鍵盤を奏でていたからわかるが、ダンスにしろ楽器にしろ歌にしろ、本番でエラーをしないで演じるのは、本物のレベルとなると、本当にきつい。体に刷り込ませないとダメだ。

    が、彼女たちは、歌いながら、ステージをぴちぴち飛び跳ねる。
    本物はやはりキレが違う。

    本当にすごいと思う。

    「画像や動画でない本物を見る。」
    これ、大事。
  • 最近思う事。
    記事を書くときの流儀は「角度をまず決めて、その上でその方針に従って書く」事を知らない方が多いって事。
    小学生とかの日記でも、筆が進まないのは「書く角度が決まっていない」から。
    それを周囲が「あんた早く書きなさい」と言っても、そりゃ、進まんわな。
    冨田が記事を書くときは、「まず角度を考える」。
    これさえできれば、それまでに十分な読書量があり色々な表現のツールのストックがあれば、あとはその方針に従うだけだから、必要以上の時間はかからない。
  • 最近、思う事。
    『仕事を前向きにつなげる源は、「わくわく感が継続できるか」』と。

    仕事をただ機械的にやるだけだと、業務は全うできるが、発展性はない。
    だから、既存の業務はできても、発展性はない。

    冨田が講演をしたり、雑誌に寄稿したり、書籍を著したのも、翻って見れば「これをしたらどんな前向きかつ発展的に事が起きるのだろう」との「わくわく感」があったから、通常の業務とは一味違うプロジェクトだったが、形にできたのだ。
    しかも、その結果、今までにない新たな視点を仕事に活用でき、質も上がった。

    前向きかつ、より質の高い一歩発展した仕事をするには、「わくわく感」がどれだけ抱けるかである。
  • 最近、思う事。
    『だんだんと、立場が良好になっていけば、それに相応しい存在になる事』が必要。

    例えば、超一流の上場企業の社長が、しがないどこかの二流の企業の窓際族と同格の行動をしたらその超一流の企業はどうなるか。

    これは平等云々とは別の話。
    周囲への影響という話。

    その人の周囲の人たちの質によって、その人の格は上りも下がりもする。

    最近、ほんの小さな一歩だけど、良い意味で少しずつ社会的な知名度を頂き始めている者として思う。
  • 最近、思う事。

    上っ面の営業トークだけしてても、本当の仲間はできないという事。

    営業トークの最大の欠点は、「本人の経験等ではない」事。
    社会的なニュースの「あの経営者がどう」とか、「あの事件がどう」とか話していても、所詮はその人の経験ではなく、話に深みがないのだ。
    但し、「その経営者や事件の影響で、自分の業務や生活にこういう影響がありました」というのなら話は別だけど。

    本当の仲間を作るには、上っ面の話ではダメ。
    そうではなく、自分の経験や、それに伴う建設的な(ネガティブなのはダメ)提案、あるいはその経験の結果としてさんざん考えた結論を包み隠さず、半ば信念的に話す事。

    これこそ、本当の仲間を作るコツ。
    仕事で知り合った人でも、ここさえ押さえれば、本当の仲間になると思う。
  • 士業に限らず、幅広いビジネスマンに思うこと。

    これ見よがしの営業トークも結構だが、それだけだと幅が狭いし、人物も軽挙に感じる。
    仕事の話という直球だけではダメで、プロ野球でも将棋でも音楽でも将棋でもよいが、仕事以外の話という変化球がある事で、人間的な幅も広がる。
    (但し、ビジネス接待臭が強すぎるゴルフと、競輪等のギャンブル系のものは逆効果)

    幅も広がり人間的な信用は高まる一方で、色々な分野を知る事で感性が高まり、よりよい仕事ができる事はいうまでもない。
    ある公認会計士の大先輩いわく、海外では仕事の話しかできない公認会計士より、音楽等の芸術や、各種スポーツに造詣のある公認会計士の方が尊敬されるそうだ。
    冨田の場合は、幸い、色々とあるので、こういうものを発展させつつ、更に囲碁やバックギャモン等、経験のないものも色々と試してみたいと思うし、他の方にも変化球をお勧めしたい。
  • 最近、思うこと。
    鈍感と敏感って、どうあるべきか。

    本質的には、敏感である事が望ましい。
    敏感である程、情報は増えるから。

    ただ、どうでもよい事とか、中には誹謗中傷もあるだろう。
    そういうのだけは鈍感でよいと気づく。

    『どうでもよい事や誹謗中傷は鈍感に、仕事を含むそれ以外の事は敏感に。』
  • ふと、思うこと。
    冨田の場合は、査定の数値を1ポイント変えただけで関係者の利害が平気で100万円とか1000万円とか変動する事がある。
    下手すれば、その後の関係者の人生すら変えかねぬ。

    誰でも一度はあるかもしれないが「自分の裁量でこれだけ変動する」と、怖さを感じる事もある。
    でも、思った。

    『数十万円の報酬を頂いてまで自分の鑑定評価を求めている人がいるからこそ、プロとしてあえて自信をもって、全知全能を尽くす事こそ使命』と。
    士業に限らず働く人は、怖さは認識した上で、一方で十分に正しいものを導く丁寧さは維持しつつ、あえて自信をもって業務に邁進すべきと思う今日この頃である。
  • 最近のお話。

    ある士業の漏らした嘆きとして、「友達だと思っていた人に、妬まれた」と。
    冨田は、こう返した。

    「妬まれる位、その人から見てあなたはうらやましい立場にいるのだから、そのこと自体に感謝しようと」

    冨田は思う。
    「妬むより、妬まれろ」と。
  • 第四回公認会計士協会東京会音楽祭で優勝した時の話。
    今年は入賞などあり得ないと思ってたし、入賞者として名前が呼ばれず、「そうだよな」と、半ば自分を無理やり納得させていた。
    そして、準優勝の発表あたりから「今年は参加できただけでも御の字。素直に優勝した人を祝福しよう」と思ってた。

    …それが。

    『世の中、あきらめちゃダメ。』
    あと、今日の公認会計士協会のようにこういう事をして頂くと、自分もその人たちにできる事で尽くしたいと思う、ねっ(^O^)。
    裏切るような事や間違った事は絶対にできないし、自分もできる範囲で、公認会計士協会とか、それ以外の世話になっている会や人々に尽くそう…と改めて感じた。










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